ぶどう畑に囲まれて

〜山梨暮らしのいろいろ日記〜

山梨・甲府市 県立美術館 梅と小鳥 

少し早起きして山梨県立美術館へ。
まだ正門が開いていない時間なので駐車場の横から文学館の裏へ。
人が少ないからか、少し早い時間だからか
小鳥さんたちにあまり警戒心はなく、いつもよりちょっぴりアップで写真を撮ることができました。

私はいつも写真を撮る時に
小鳥さんたちを驚かせないようにと思って
やってみていることがあります。
それは…

・近くに来た小鳥となるべく目を合わさない。
・見てないよーと思わせておいて、小鳥さんがお食事に夢中になったすきにそーっと近付く。
・自分が木になったつもりで。無駄な動きはしない。

結構効果あると思うんだけどなあ。
それでも気付かれてしまうことも多々ありますが…
修行が足りないですね。はい。

あと、「梅にうぐいす」って言いますが、本当はウグイスは藪のような暗いところにいて、梅の木にはとまらないそうです。
昔の人がウグイスとメジロを見間違えて「梅にうぐいす」になっちゃったんだって。

うぐいす色も本当はめじろ色になるはずだったのに?
名前を使ってもらえなかったメジロくんたちは
そんなことはちっとも気にしていないようで
今日もせっせと梅の蜜を吸いにやってきていました。
梅にメジロ 梅にシジュウカラ
▲梅にメジロ。右は梅にシジュウカラ
紅梅にシジュウカラ 
▲紅梅にシジュウカラ


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[ 2007/03/03/(土) 08:27 ] お散歩 | トラックバック(0) | コメント(8)
>昔の人がウグイスとメジロを見間違えて「梅にうぐいす」になっちゃったんだって
そうだったのか!!
ふかふかもこのあいだ、「梅にメジロ」を見たよ♪
[ 2007/03/11/(日) 18:20 ] [ 編集 ]
梅にメジロはかわいいですよね。
色がキレイだし♪

ウグイスもかわいいんですが、
藪が好きみたいでなかなか見られないのが残念です。
[ 2007/03/12/(月) 14:14 ] [ 編集 ]
>昔の人がウグイスとメジロを見間違えて「梅にうぐいす」になっちゃったんだって
昔の人の立場で、「勝手なこと言わんといて」
昔はウグイスを飼っていて間近に見ていました(メジロも飼っていました)だから見誤りません。江戸時代には鶯色、鴬茶という本当の鴬の羽の色が粋な色として流行りました。うぐいす色が茶色系であることは江戸の常識でした。あなた方現代人が間違えるのは勝手ですが、それを昔の人のせいにするのはよくありません。
[ 2007/03/19/(月) 16:55 ] [ 編集 ]
hegurianさんはじめまして。

確か鳥の図鑑や生態の本に書いてあったと記憶しています。

「梅に鶯」は8世紀から言われるようになったとか。
それまでは「竹に鶯」?

花札や日本画の一部などに描かれている
「梅に鶯」はメジロ色のものもあり
混同されていたのではないか?と…

万葉集にも確か「梅に鶯」と歌ったものがありますよね。

ここでなぜ間違えたと考えられるか?が問題だと思うのですが
・ウグイスは雑食性で主食が昆虫、臆病で薮にいることが多い。
・メジロは花の蜜などが好きで、好んで梅にとまり、活発で明るいところにも顔を出す。
というところから、「間違えたのだな」ということになったのだと思います。

「梅に鶯」縁起物のこのめずらしい組み合わせ
ぜひ写真に撮ってみたいものです。
[ 2007/03/19/(月) 19:15 ] [ 編集 ]
hegurianさん
こんにちは。
横レス失礼します。平群庵さんですよね!?サイトも拝見させていただきました。とても自然に親しんでおられる生活、写真も綺麗で素敵です。ご高説も尤もとお伺いいたしました。

この件に関しても、相変わらず諸説紛々ですよね。中国の鳥まで出てきたり。私、こうした各論を聞くのも楽しいものではありますけれども。

ただ、ひとつ。
「昔の人」と大雑把に言っても、そのニュアンスの中では昨日の人も昔の人です。江戸時代の人ばかりが昔の人の代表となってしまうと、明治時代の人や室町時代の人も「なんやワテらも仲間に入れてーな」とぼやくかもしれません。
この場合の「昔の人」は、鶯色をメジロの色に言い換える習慣を作り始めた時代の「昔の人」だと思いますよ。この人が昔の人なのか現代人なのかの判断は、このテーマに限って言えば、「何の疑いも無く鶯色を認識している人」を現代人とするところを定点にしなければならないでしょう。はたして、どの段階で言い換えが起こったのか?その明確なポイントは、確信犯不在の場合、おそらく誰にも分らないでしょうね。
そうした事柄であるならば、大雑把に「昔の人」という言い回しをすることが文脈をスムーズにするコミュニケーションだと思います。

なぜならば、
「なぜ鶯色はメジロの色なの」という率直素朴な質問に
メジロを鶯に言い換えた人物がいて、その表現が実際の風景には似合ってしまったから、
日本人はいい加減なので、鶯の方がより小粋で知ったかぶりをするにも都合がいいから、言い直しをしないで、間違ったままでも楽チンな方を選んで、そのほうが正しくなったのよ」なんてかんじの被疑者不明のまま起訴!!!のような話は堅苦しいですよね。私はそう思います。日本語の曖昧こそ美の精神をいい部分として甘受するならば、「昔の人がメジロに見間違えちゃったんだって。メジロも鶯も迷惑だよね。本当の色を覚えようね」って発言のほうが、この場合はより正鵠を得ていると思います。

見解の相違、長文で失礼しました。
[ 2007/03/19/(月) 19:25 ] [ 編集 ]
食いしん坊妻 様

>確か鳥の図鑑や生態の本に書いてあったと記憶しています。

鳥の専門書の中には生き物と文化の絡みに疎いものもあります。インターネット上でも、財団法人日本鳥類保護連盟の子供向けの解説の所にかつては、「昔の人が梅の花に来ているメジロをウグイスと間違えて『梅にうぐいす』となった」というような事が書いてありました。
私は、そんな当てずっぽを子供達に教えてよいものでしょうか、と連盟にメールを差し上げたことがあります。その後、そのサイトの解説は変更され、現在は次のようになりました。

「梅に鶯」は色の美しい梅と声のきれいなウグイスの取り合わせを言ったもので、梅でさえずるウグイスを示したものではないと思われます。

>万葉集にも確か「梅に鶯」と歌ったものがありますよね。

そうです。万葉集を始めとする古典和歌集中の「梅に鶯」の組み合わせが実は「梅に目白」だった、とすると文学上の大惨事となるわけで、昔の人が間違えたと軽々しく言えません。

私の真意は楽しい会話に横槍を入れることではありません。しかしながらインターネット上で発表する内容や、掲示板上の情報は不特定多数を対象とするため、友達との会話以上に情報吟味に慎重であってもよいと思います。少なくとも、誰々のせいだ、誰々が間違っている、と言うような中傷的な表現(大げさに言ってごめんなさい)の場合には本当にそうなのか確かめる必要があります。

>昔の人がウグイスとメジロを見間違えて「梅にうぐいす」になっちゃったんだって
>そうだったのか!!
と言う風に、間の考察抜きに広まって欲しくないと私は願っています。


食いしん坊夫 様
hegurian 又は 平群庵と申します。

>大雑把に「昔の人」という言い回しをすることが文脈をスムーズにするコミュニケーションだと思います。

>「何の疑いも無く鶯色を認識している人」を現代人とするところを定点にしなければならないでしょう。はたして、どの段階で言い換えが起こったのか?その明確なポイントは、確信犯不在の場合、おそらく誰にも分らないでしょうね。

なかなか鋭い指摘であります。この点に関しては反論できません。

そうですね、その定点からすれば、親も、先輩も、その人にとっては「昔の人」ですね。
では、その「昔の人」はどうだったでしょう。多分、少し前の「昔の人」もやはり「何の疑いも無く鶯色を認識している人」だったと思います。(私も入るかも)ただ、少し前の「昔の人」はウグイスだと思った小鳥がメジロであると知ったとき、本当のうぐいす色が緑でなかったことを知ったとき、自分が無知だったことを理解しますが、それを自分より昔の人のせいにする発想ができなかったように思います。(直感的で証拠はありませんが自分はそうでした)
近年、自己責任を認めるより他のせいにする傾向が強まり、器具の取説でもやたら注意!警告!が増えています。企業としては、電気器具を水洗いしてはいけないと書いてなかったら、注意書きが無かったせいにされるからです。
とまあ、たとえは大げさですが、他人のせいにするときは注意しなくちゃ、ということだけです。

>見解の相違、長文で失礼しました。

見解の相違にもかかわらず、真面目に対応していただいてありがとうございました。
[ 2007/03/20/(火) 21:05 ] [ 編集 ]
hegurianさん
ご丁寧にありがとうございます。平群にも行ってみたいです。
かつての日本の中心、東京などとは歴史的には比較にならない地ですね。
未来より過去に興味のベクトルが向かうのが自分的にもどうかなといつも困っている次第です。


おっしゃりたいことは存分に分ります。
私も責任の所在については、より注意するように気をつけたいと思います。

水は低きに流れ、悪貨は良貨を駆逐するのたとえを出さずとも、言葉はより容易い方へ、より耳障り重視な方へばかりに流れていってしまっていると思います。
現実として、「会社の住所を教えてください」などの言い回しは、もう誰も不思議には思わないで使います。

梅に鶯が目青葉山不如帰初鰹のように季節の旬を詠ったものと理解されてた時代から、あるポイントで、なぜか梅の木にメジロの羽色の鳥としての鶯がとまっている景色を謳ったものに変化してしまった。挙句、ウグイス色は、メジロの羽色に取って代わられてしまった。
ここまでは事実であります。権威がウグイス色は本当はこの色だよと指し示していても、現実の生活の中でコミュニケーションをとる場合は、圧倒的にメジロの羽色がウグイス色なんですから。
この変化はなぜ起こったのか?

ここからが、発想法が極端に違うということですよね。
私は、無知を恥もしますが、なぜそんな愚かなことになってしまったのか、分析したくなるのです。
現実として、ミスリードしてしまったのは何故か?本当にミスなのか?実は、絵柄として都合が良かった者による意図的な過ちだったのではないのだろうか?
当然のことながら答えの出ないクエスチョンにピリオドは訪れません。
しかし、この先が主たる「見解の相違」です。

だからと言って該当する「昔の人」の責任を糾弾する気はまったくもてません。こうしたクエスチョンを現代に引きずってくれた感謝さえありますし、「いい間違い」や「ソース不明、真偽不詳の薀蓄」が垂れ流されているからといって誰も迷惑はしないからです。その薀蓄が実は真偽不詳であったということに気付いたとき、また子どもはひとつ成長するのではないでしょうか。
電機メーカーの取扱説明書の欠陥を突く行為とは、想像の発露がまったく違うと思いました。
今の日本の子どもは世界的に見てもかなり知的水準が低くなってしまったといいます。原因は上の言いなりでいいという教育方針に他ならないと思う私。全てのことはまず自分の言葉に置き換えて解釈して進めと、自らを常に律しております。

なんにしても
梅、鶯、目白、ウグイス色、メジロ色、これだけでいろいろなご意見が聞けて、とてもありがたく存じました。
ではでは。
[ 2007/03/20/(火) 22:04 ] [ 編集 ]
hegurianさんこんばんは。
丁寧なご意見ありがとうございます。

ブログで私はいろいろなお話やおもしろい説を紹介しております。
そのほとんどは、こんな説もあるんだよ、こんな風にもいわれているんだよというものです。
不特定少数(?)とはいえ、当ブログを見に来ていただいている方々は
そんないろんなお話を知りたくて訪問していただいてると思っています。

というわけで、間違っていることがあれば、訂正していただけたら幸いです。

優しくお手柔らかにお願いいたしますね。
最初の書き込みは、
実のところ荒しかと思ってしまいましたので。(すみません)
[ 2007/03/21/(水) 00:01 ] [ 編集 ]
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